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導入事例大分県竹田市 地域包括支援センター・いきいき運転健康教室を実施
〜少しでも長く運転を継続できるようにサポートする〜

アクセルとブレーキを踏み間違えた、赤信号の交差点に減速せずに侵入した―。近年相次ぐ高齢ドライバーによる重大事故。大分県竹田市では2019年度から、認知機能や判断力が低下しているおそれのある高齢者を対象に、認知症予防や健康増進を目的とした『いきいき運転健康教室』を開いている。

全国の自治体で高齢者の運転に関するさまざまな施策が進められているが、多くは免許の返納を想定したものだ。しかしこの教室は一線を画す。「少しでも長く運転できるようサポートしたい」。関係者のそんな切なる思いから始まった。返納後の生活支援サービスの充実とともに進める竹田市の試み。移動手段が限られる過疎地域において目から鱗の好例かもしれない。

きっかけは初期集中支援チームからの報告

竹田市の地域医療推進協議会の下位組織で、地域の認知症施策を検討する『認知症予防支援小委員会』。この委員会に参加する認知症初期集中支援チームのスタッフから、運転に問題を抱える高齢者が多数いる地域の実態について報告されたのは数年前のこと。高齢者の自動車運転に関して何らかの支援が必要との認識を関係者が共有することとなった。

2018年には『認知症高齢者等自動車運転作業部会』を設置。より踏み込んだ話し合いや具体策の検討を進め、運転免許更新時の認知機能検査で第2分類に該当した高齢者らを対象に認知症予防講座の実施を決めた。こうして2019年11月から、『いきいき運転健康教室』が始まった。

※運転免許更新時に行う認知機能検査で「認知機能が低下しているおそれあり」と判定。

第2分類該当者アンケートにみる、地方高齢者の自動車運転の実態

竹田市地域包括支援センターは、2018年に第2分類の高齢者51名を対象にアンケート調査を行った。(何らかの構造物への接触によって)車に傷をつけたとする回答は3割に及んだ。

一方で約8割が運転頻度について「毎日」と回答。仕事や買い物、通院に自家用車を利用している実態も明らかになったほか、85歳以上まで運転を続けたいとする回答が7割を超えた。地方において自動車運転は、日々の生活と切っても切り離せない関係であることがあらためて示された。

いきいき運転健康教室を通して高齢者が安全に運転を継続できるよう支援

いきいき運転健康教室で認知症予防や安全運転に対する意識を高めつつ、そこで得た情報をもとに参加者のフォローアップを実施。

  • 1教室の周知・案内
    • 第2分類該当者の高齢者講習受講時にアナウンス

      自動車学校、警察署でのチラシ配布

      ケアマネジャー、初期集中支援チーム、高齢者相談支援員による声掛け

  • 2いきいき運転健康教室
    • 主催: 市、地域包括支援センター

      開催頻度: 年2回(11月、2月)

      所要時間: 約2時間

      参加人数: 10~15名

      プログラム

      当日の進行は市と包括の職員、保健師、警察関係者らが担当。各種測定、検査を円滑に行うため、1~3は3つのグループに分けて交互に実施。

      1.健康チェックおよび体力測定

      健康チェックは、血圧や脈拍を測定。生活状況や困り事などの聞き取りも。

      体力測定は、握力測定、片足立ち、 Time up & Goテストなど。

      2.運転技能検査

      歩行環境シミュレーターによる道路横断などの歩行体験。

      認知症講話は全員一緒に聴講。

      3.脳の健康度チェック「のうKNOW」

      ※健康チェックは、血圧や脈拍を測定。生活状況や困り事などの聞き取りも。

      4.講話「認知機能を保つために」 大分県認知症疾患医療センター
      5.自動車運転について

      測定記録表

      各種測定結果は記録して、参加者にフィードバックするとともに、スタッフ間でも共有。

  • 3カンファレンス
    • 当日、参加者に付き添った保健師や包括のスタッフら担当者が話し合い各種測定結果などを踏まえて、個別に対応方針を検討。

  • 4フォローアップ
    • 介護予防活動への参加提案

      おしゃべりサロン(自治会単位で行う茶話会、学習会)

      すごーく元気になる教室(認知症予防レクや介護予防体操)、生きがいサロンなど

      ケアマネジャーや認知症地域支援推進員が定期的に自宅訪問 ※必要に応じて

      認知症疾患医療センターに紹介  ※必要に応じて

導入自治体様インタビュー

いきいき運転健康教室スタッフへのインタビュー

地域の高齢者が少しでも長く
安全運転を続けられるように

竹田市 高齢者福祉課 課長補佐

吉田 まり子

竹田市 地域包括支援センター

阿南 美紀 さん 坂本 信江 さん

いきいき運転健康教室のスタッフの面々。 後列左が吉田さん、後列右から2番目が阿南さん、 前列左から順に坂本さん、木部センター長。

いきいき運転健康教室 実施の背景

坂本竹田市は南北約36km、東西約24km、市域の約7割が山林です。バスやタクシーが主な公共交通機関となります。バスは減便傾向にあり、乗り遅れようものなら、次が来るまで1時間以上待たなければなりません。タクシーで通院するにも、診察費より往復の交通費のほうがはるかに高いこともザラです。生活する上で車は欠かせません。

高齢になったら免許を返納すればいい、親族に送迎してもらえばいいと思うかもしれません。しかし、親族にもそれぞれ生活があり、言うほど簡単なことではないのです。早くから認知症予防や健康増進に取り組み、できることを維持する、必要最低限のところに行ける交通手段を少しでも長く確保していただきたいというのが、私たちの思いです。

吉田免許の取り消しや返納により外出機会が減り、認知機能が低下した方がいる―地域の高齢者を訪問する初期支援チームのスタッフから、このような報告を受けたことも教室の開始につながりました。

第2分類は、認知機能が低下しているおそれがあるとはいえ、まだ運転が可能な状態です。「運転できるうちに予防や進行抑制につながるサポートができれば」「できることを奪わない、支援したい」という地域包括支援センターや初期集中支援チームの強い思いが、事業化につながりました。

竹田市は山間部ですので、自家用車がなければ生活に困る人が多くいます。いつまでも運転できるのが理想とはいえ、安全運転が困難な場合は免許の返納をお願いしなければなりません。そうしたときに速やかに介護や生活支援のサービスにつなげていくというのも、この教室の目的の一つです。

教室のプログラムはどう具体化?

吉田自動車学校や警察署の方からも意見をもらいつつ、認知症ミーティングで具体化しました。ミーティングは、地域包括支援センター内の初期集中支援チームのスタッフ、認知症地域支援推進員、市の職員が集まって認知症に関して話し合う場で、毎月開いているものです。

専門医療機関に紹介となったケースは?

阿南2019年度は1名、教室参加後に専門医療機関を受診されました。その方は、もともと親族が認知機能の低下を心配されていて、事前に認知症地域支援推進員が自宅を訪問していました。その際に教室の案内をし、参加していただいたのですが、後日やはり専門医の診察を受けたほうがよいという判断になり、受診につながりました。

免許返納された方への支援について

吉田認知症高齢者等自動車運転作業部会でも、免許返納者に対する日々の移動サービスや返納時の特典が必要との意見がありました。それを受け、2020年4月から開始したのが高齢者運転免許証自主返納支援事業です。70歳以上で自主返納された方に、タクシー臨時乗車券もしくは大分県バス会社共通回数券のうち希望する券を1万円分交付しています。

坂本竹田市では、移動手段の支援に関しては、竹田市街と一部地域を結ぶ予約型乗合タクシー「カモシカ号」を運行しています。予約者の自宅と指定乗降場を回りつつ、家から目的地まで送迎する、いわばドアtoドアの移送サービスです。

いきいき運転健康教室における
脳の健康度チェック「のうKNOW」

※本チェックは疾病の予防・診断を目的としたものではありません。

2020年11月に開かれたいきいき運転健康教室では、新たにタブレットによる脳の健康度チェック「のうKNOW」も行われた。
「自動車学校での認知機能テストだけでなく、自分の脳年齢を知るというのは本人さんたちにとってプラスになるのでは」と導入理由を語る吉田さん。参加者の認知症予防に対する意識の高まりを期待する。

「脳年齢はあくまで目安であり、その時々の体調や気分によっても変わってくるということを強調しました」と坂本さん。参加者に無駄な不安を生じさせないよう配慮したと語る。当日は13名が「のうKNOW」にトライ、終了後のアンケート(12名が回答)では「大変満足」が4名、「満足」が7名、「やや不満」が1名だった。

2021年2月に予定する教室でも「のうKNOW」を行うという。「もう少し件数を重ねた上で、継続的、定期的な実施を含め、フォローの仕方などを考えていきたいと思っています」(坂本さん)

医療関係者インタビュー

医療法人雄仁会 加藤病院副院長 加藤 雄輔 先生

「免許返納後に向けた準備を早くから」

当院は大分県の認知症疾患医療センターに指定されています。認知症の早期発見と治療、予防、専門的な診断などが主な役割です。自動車運転という視点からは、早い段階から運転操作の危うい人を拾い上げ、人身事故など大きなトラブルを未然に防ぐような関わりが求められていると認識しています。

免許の返納について相談を受けることはよくあります。ただし本人が自主的な返納を考えている例は稀で、ご家族や身近な人が心配して連れて来られるケースがほとんどです。本人の病識は乏しく、「少し車をこすっただけ」といった取り繕いなども見られ、返納を要する状況でも説得が難航することは多々あります。運転を続けるリスクや認知症という疾患特性上いずれ運転できなくなることを丁寧に説明するなど、時間をかけて理解を得ていくほかありません。

認知症予防のために健康的な生活習慣を取り入れようという意識は、高齢にならなければなかなか高まりません。しかし、代表的な認知症疾患であるアルツハイマー病は、症状が顕在化するはるか前から病的なたんぱく質がたまり始めるとされています。したがって高齢者だけでなく、40代以降の人たちまで対象を拡大し、MCIなども含めた認知症のあらましや予防について広く啓発していくことが、私たちの重要な役割だと考えています。

医療法人雄仁会 加藤病院 精神保健福祉士 三浦 正博 さん

「教室は非常に意味のある取り組みです」

2020年11月のいきいき運転健康教室で、認知症講話を担当させていただきました。認知症の疾患特性のほか、運動や栄養バランスのとれた食事、質の良い睡眠や積極的にコミュニケーションを図っていく大切さなど、認知症予防全般について話をしました。

昨年度は教室参加者の1人に認知機能の低下がみられたということで相談をいただき、同行訪問を経て、当院での診察につながりました。竹田市は都会の人たちが想像する以上の過疎地域で、車がないと生活が成り立ちません。少しでも長く運転を続けることの支援に主眼を置いたこの教室は、非常に意味のある取り組みです。そうした場で認知症予防について話をする機会をいただいているわけですが、今後もできる限りの協力をしていきたいと思っています。