導入事例群馬県渋川市 無関心層へのアプローチに手応え
~「脳活」×「デジ活」で意識・行動変容とICT活用につなげる~
取材:2023年6月30日 群馬県渋川市役所
群馬県渋川市では、高齢者が身近な地域で介護予防活動に取り組めるよう、通いの場の立ち上げと継続の支援を積極的、重点的に行ってきました。しかし、新型コロナウイルス感染症が爆発的に拡大していく中では、通いの場の休止が余儀なくされ、また感染状況が落ち着いてきても感染への不安を払拭できなかったことなどにより、コロナ禍前のような通いの場の再開は難しい状況でした。
このコロナ禍をきっかけに、高齢者の外出機会が減少し、認知症の発症・進行リスクの増大が危惧され、介護予防、特に認知症予防は喫緊の課題となっています。
こうした背景のもと、渋川市福祉部介護保険課では、さまざまな市民が広く「脳活(脳の活性化)」を始められるよう各種事業を展開しています。令和5年度には、より多くの人に関心をもっていただき、高齢者にとって生きがいにもつながる「デジ活(情報機器の積極的な利用)」を取り入れた事業、デジタルツール「のうKNOW」※を用いた「タッチでチェック!脳活体験会」を実施。従来の事業に比べ参加者の年代層の広がりやICT活用のきっかけづくり、脳活に対する意識や行動の変化につながっています。
※「のうKNOW」は、疾病の診断や予防を目的としたものではありません。
上:講演会 下:脳の健康度測定
令和5年度 タッチでチェック!脳活体験会(全体で2時間コース)
「のうKNOW」採用の決め手
「デジ活」を兼ねているため、タブレットなどを活用できること
高齢者にとっては馴染みのあるトランプカードを使ったもので、ゲーム感覚で楽しみながら実施できること
のうKNOW実施の様子
令和5年度 「タッチでチェック!脳活体験会」 実施状況・結果・フォロー体制
実施状況
日時:
2023年6月19日、26日(2日間)
場所:
金島ふれあいセンター、赤城公民館、渋川ほっとプラザ
当日来場:
109名(女性が90%を占め、男性の参加確保が課題)
脳の健康度測定 実施結果
実施者数:
108名(1名辞退) 男性10名(9.3%)、女性98名(90.7%)
平均年齢:
74.1歳
スコア:
〈集中力〉A:55名 B:37名 C:16名
〈記憶力〉A:76名 B:19名 C:13名
A(正常な状態です) B(ボーダーライン) C(維持向上のための活動を取り入れましょう)
フォロー体制
測定日当日
測定日当日には個別支援が行えないため、必要者や希望者には後日連絡する旨の同意書をとった。
個別支援に生かせるよう生活習慣のアンケートを記入してもらった。
相談先として主治医、地域包括支援センターを全体に周知した。
測定時の様子が気になる人、終了後支援が必要と思われる人を測定サポート者が確認した。
事後・継続フォロー
集中力、記憶力スコアの両方がC判定の方5名(4.6%)に対し、訪問でのフォローを実施した。
「脳活体験会」で行った運動プログラムを継続し、習慣化してもらえるよう継続支援のトレーニング教室を行った。
※ 3カ月・10回のコース終了後、2回目の「のうKNOW」を実施しプログラムの効果を評価。(対象:32名、開始時平均年齢74.3歳)
※ 「のうKNOW」は、疾病の診断や予防を目的としたものではありません。
集中力、記憶力スコアの両方がC判定の方のうち1名は「お達者教室」に参加予定。
※ チェック後の流れは、渋川市が独自に構築したものです。
「タッチでチェック!脳活体験会」 実施の経緯と成果
渋川市では、高齢者のさまざまな身体状況や認知機能に応じた介護予防事業を実施しています。令和4年度の認知症予防施策においても、ご本人の状態に即した事業を展開しました。しかし、「参加者の固定化や男性参加者が少ない」等といった課題がありました。また、コロナ禍によりオンラインでの事業展開も検討していましたが、高齢の方は他の年代に比べICT活用が遅れている現状もあり、実施に踏み切れていません。そこで令和5年度は、認知症予防施策をバージョンアップし、デジタル機器を使った「脳活」事業を新たに実施することにしました。実施にあたっては、医師会、地域包括支援センター、渋川地区在宅医療介護連携支援センターとの連携、協力体制を整え行いました。
渋川市の認知症予防施策(介護予防事業)
令和4年度(前年度) 脳活性化事業
令和5年度(今年度) ICTを活用した脳活性化事業
成果 脳活体験会参加者へのアンケート結果より以下のことが読み取れた。
・
早期からの介護予防、認知機能に目を向けるきっかけづくりとなった
・
介護予防無関心層を含む新たなターゲットの取り込みにつながった
・
市民の意識の変化がみられ、行動変容につながる可能性がある
・
ICT活用のきっかけづくり、情報機器の認知につながった
「脳活体験会」を実施して感じた手応え・課題・展望
多くの方の予防行動につながることが期待できます
渋川市福祉部介護保険課 健康寿命推進係 係長(保健師)/中川 有希 さん
脳活体験会では、普段事業に参加していない人たちの参加や測定後も「楽しかった」「難しかったけどまたやってみたい」などさまざまな声が聞かれました。また継続支援のトレーニング教室も3割以上の方が申込みされ、認知症予防に対する関心の高さをあらためて感じました。
脳の健康度測定(のうKNOW)で集中力・記憶スコアがともにC判定だった5名の方に関しては、後日訪問してあらためて測定日の体調や生活のご様子、もの忘れの不安などについて伺い、「お達者教室」をご案内するなどのフォローを行いました。その訪問の際に、5名中4名の方が、「結果がショックでその日の夜は眠れなかった」と話されていたのが強く印象に残っています。測定会の参加者が不安やショックを抱かないよう、周知の段階で診断目的ではないことをお伝えし、測定終了後の全体説明でも再度、疾患の予防や診断ではないこと、当日の体調によって結果が変わることなどをお話ししました。それでも夜眠れないほど結果を気にされた方がいました。そうした方々に対しては、当日のうちにもっときちんとお話をし、不安を和らげてさしあげられればよかったなと思いました。参加者全員に認知症のことをしっかり学んでいただきつつ、必要な方への個別支援の時間をいかに確保するか、そこは今後の課題ですね。
また今回、脳の健康度測定を実施して、やはり測定結果のみで脳の健康状態を単純に判断することは難しいと感じました。「のうKNOW」の結果のみで医療や予防事業に振り分けるのは難しいとしても、自分の脳の健康度を知ることで、自ら予防行動につながる人は多いと思います。実際、私が訪問したC判定のお1人は、脳活体験会で配布した生活習慣に関する冊子を、「自分の何がいけないのだろうと思ってよく読んだ」と話されていました。そのように生活習慣を振り返り、改善に努められた方が、頑張った成果を確認する2回目の測定があってもいいのかもしれませんね。そこで少しでもスコアが上がっていれば、予防行動への意欲がさらに高まり、習慣化していくと思います。
自分の脳の健康度を知ることに身構えてしまう方への周知の仕方が課題です
渋川市福祉部介護保険課 健康寿命推進係 主査(保健師)/永堀 美和子 さん
脳活体験会には、従来の介護予防事業の参加者よりも若い方々や、これまで事業に参加したことがなかった方々も多く来ていただけたので、自分たちの取り組みを知ってもらう良い機会になったと思います。
一方で課題も感じました。脳活体験会の周知にあたり、市の広報誌での案内などに加え、申し込みの少ない地域に出向いてチラシの配布も行いました。その中でチラシの受け取りさえ拒否されることがあったのです。自分の血管年齢や骨密度を知りたくないという人はおそらくいないでしょう。でも、脳の健康度となると身構えてしまう方もいることが、周知活動を通してわかりました。そのような方々にも1歩踏み出していただかないと、もともと介護予防、認知症予防に熱心な方しか参加しない事業になってしまいます。裾野を広げるためには、「脳の健康度を知るのは不安」「今は知らなくていい」という方々も呼び込めるようなアプローチ、周知の仕方が必要と感じています。
「タッチでチェック!脳活体験会」を担当している福祉部介護保険課のみなさん。左から永堀美和子さん、中川有希さん、田村知佳さん。
群馬県内初!認知症条例の制定「渋川市認知症とともに生きる地域ふれあい条例」
渋川市は、高齢化率の上昇や認知症の人の増加を踏まえ、令和3年10月1日に認知症条例を制定しました。この条例は、市、認知症の人、市民等、地域組織、事業者及び関係機関が、認知症の人の視点や意思とその家族の思いを重視しながら役割を果たし、人と人とがふれあい、認知症と共生する意識を醸成することで、住み慣れた場所で暮らせる地域を実現することを目的としています。
それぞれの役割と責務(一部)
認知症の人
意思や気付いたことを発信しよう。地域の活動などに参加しよう。
市民等
将来なり得る認知症に備えよう。見守りやあいさつで人と交流しよう。
地域組織
認知症の人や家族が長く地域活動に参加できる配慮をしよう。交流できる場を設置しよう。
市の責務
認知症の人の意思や家族の思いを重視しながら、施策を推進します。認知症の発症を遅らせ、進行を緩やかにする施策に取り組みます。
渋川市福祉部高齢者安心課中央地域包括支援センター課長補佐(保健師)/田村 陽子 さん
以前から認知症の方やご家族のお話を聞く機会はよくありましたが、今回の条例制定にあたり、あらためてアンケートやヒアリングを通してご意見、ご希望を伺うことができました。その中で私が感じたのは、ご本人やご家族の声をもっと市民のみなさまに伝えていかなければいけないということです。たとえば、認知症の方に接する人は、「〇〇をしてあげなくちゃ」という意識が強いように感じます。でも、ご本人は本当にそれを望んでいるのだろうかと、相手の気持ちになることの大事さに気づいていただきたいのです。その気づきの助けとなるように、市の「認知症ケアパス」やアルツハイマー月間の展示などを通してご本人・ご家族の思いを伝えさせていただいています。