導入事例大分県豊後高田市 次の一手は「脳の健康度チェック会」
〜点から面へ。市民が自分の脳の状態を知る環境が拡大〜
認知症施策の推進には継続と発展が求められる。大分県豊後高田市の場合は、まず平成30年度に認知症予防に焦点を当てた調査事業を実施し、試行した4つのプログラム(運動・回想法・料理・口腔)のすべてが認知症予防に役立つことを実証した。この結果を踏まえ、4プログラムを組み込んだ「認知症予防プログラム」を作成。高齢者らが集う市内のサロン(現在108カ所)に提案し、採用するサロンが増えている。
これらの施策の成果を基盤に、令和4年2月からは「脳の健康度チェック会」を開始。これまでの調査事業および認知症予防プログラムでもサロン参加者に「あたまの健康チェック」を受けてもらっているが、チェック会では新たなツール「のうKNOW」※を用い、対象を市民全体へと広げたことで、自分の脳の状態を知る機会が点から面へと拡がり始めた。
※「のうKNOW」は疾病の予防や診断ではなく、健康意識の向上を目的としています。
豊後高田市の認知症施策の歩み
平成30年度
「認知症の方が安心して暮らせるまちづくり調査事業」
平成29年に豊後高田市、市医師会、エーザイ株式会社の三者で締結した連携協定に基づき実施。対象はサロン15カ所268人。4つのプログラムおよび通常活動を3サロンずつに割り当て半年間継続。その前後に認知機能や運動能力をチェックし効果を検証した。
ここがポイント!
- 地域への浸透
- 認知症予防を切り口に住民の中(日常領域)に入り込めた。
- 早期介入の手応え
- 4つのプログラムのすべてで認知機能の維持・改善効果が実証された。
- 医療との連携体制
- 認知機能の低下が疑われる人を医療機関に導くフォロー体制が整えられた。
令和3年度~
「認知症予防プログラム」(全10回)
調査事業では比較検証のため各サロンが1つのプログラムしか取り組まなかった。すべてを実践してもらうために統合プログラムを提案。
ここがポイント!
- サロン運営支援
- 10回シリーズで提案。サロンの年間スケジュール作成の一助になった。
- MCI啓発
- 調査事業では踏み込めなかった認知症の病態、MCI(軽度認知障害)の概念まで講話で啓発している。
- 拡張
- 「認知症予防プログラム」を採用したサロン
令和3年度 8サロン ➡ 令和4年度 14サロン
令和4年2月28日~
してみませんか?*
「脳の健康度チェック会」
場所は豊後高田市役所。年齢は問わない。予約制。
測定ツールは「のうKNOW」。
主な目的
認知機能低下の気づき・早期対応
認知機能に対する関心と理解の向上
参加者のサロンへの勧奨(サロン活性化)
導入自治体様インタビュー1
自分で脳の健康管理ができるようになるために
まずは市民の関心を高めたい
豊後高田市 健康推進課 長寿支援係
田染明美さん
チェック会の告知をするとすぐに予約枠が埋まる状況に
「2月28日の脳の健康度チェック会の告知を2月1日発行の市報に載せたところ、その日から参加希望の電話がかかってきて予約の枠がすぐに埋まってしまったんです」 脳の健康度チェック会を担当する豊後高田市健康推進課の田染明美さんは市民の反響の大きさに驚いた。「以前、どこらぼ(静岡市編)で紹介されていた静岡市民のアンケート調査のデータを見ると、市の認知症ケア推進センターに期待する機能・役割として最も多かったのが“認知症のチェックをできる場”(65. 5%)でした。
一方で、認知症の健診やチェックを受けた経験がある人は3%足らずにすぎません。これを見ても、やはり潜在している要望があるのだろうと思い、脳の健康度チェック会の事業を立ち上げました」 予想通り潜在ニーズはあった。ただニーズの大きさは予想を上回るものだった。
もともと令和3年度のチェック会は2月28日の午前中と3月のもう1日の午前中、合わせて2枠を予定していた。
「来ていただいた一人一人を大切にしたい。その人の生活ぶりを聞いてみたいし、今後どうしたらいいかも一緒に考えたい」という思いから、検査には必ず田染さんが立ち会うことにした。「のうKNOW」によるチェック(15分程度)と保健指導で一人30分ほどかかるので、午前中の1枠で対応できるのは4~5人。その予約枠が即座に埋まってしまったわけだ。
「だったら午後も対応しようと、午前午後の2枠に増やしたのですが、それもすぐに埋まってしまい、申し訳ないですが次回をご案内しました。3月の実施日も午前午後の2枠に増やしましたが、それでも予約に対応し切れず、結局、2月3月で計6枠の実施となりました。毎回、お断りしなければならないほど電話がかかってくるんです」 基本、測定は一人ずつだが、混雑時には二人同時に行った。また月曜日の実施が定例だったが、どうしても来られない人のために他の曜日を当てたこともある。
「場所さえ確保すれば、あとはタブレットを用意するだけなので」と柔軟な対応に努めた。令和3年度の脳の健康度チェック会の参加者は、2月3月の2カ月間で予想を大きく上回る35名に達した。
サロンに来ていない人にも予防の意識が浸透
なぜこれほどニーズが大きいのだろう。「やっぱり“知りたい”というのがあると思います」と田染さんは話す。
「少し怖いけれど自分の脳の今の状態を知りたい。かといって病院に行って検査するほどでもない。そういう方が多いと思います。
ご夫婦で参加された方もいましたし、“一人暮らしで自分がしっかりしないといけないので来ました”という方もいました。
脳の健康度を知るツールは今までなかったので、多くの方に関心を持っていただけましたし、市が募集をかけたチェック会ということで信頼感・期待感もあったのではないでしょうか」令和3年度のチェック会参加者の内訳(下図)を見ると、サロンに参加していない人が7割、さらに市が催している様々な事業(体操やパソコン教室他)にも普段参加していない人が4割に上る。
※豊後高田市 提供
田染さんら保健福祉の専門職が日頃接していない人も少なからず含まれているわけだ。そうした人たちは事業参加者よりも年齢層が低い傾向も見られた。50代の人もいる。自分の脳の健康度を知る環境は、サロンから市全体へ、そして若年層へと広がっている。
認知症を“語り合える”社会を目指して
※脳の健康度測定中の様子
認知症予防プログラムを実施するサロンが令和3年度の8カ所から令和4年度は14カ所に増えたこと。脳の健康度チェック会の予約が毎回すぐに埋まること。これらは認知症予防に対する豊後高田市民の意識の高まりを表しているといえる。一連の事業の成果だろう。
「確かに系統立てた取り組みができていると思いますし、地域に徐々に浸透していけている手応えはあります。ただ、潜在していた気持ちが少し上がってきたものの、まだ表面化はしていないと思うのです。認知症は怖い病気。認知症になったらたいへん。
そういった思いを心の底に押さえつけている状態から徐々に変わってきてはいますが、認知症について“語り合える”ところまでは来ていません」 田染さんは認知症を「生活習慣病と同じように見てほししい」と思っている。
誰もがなりうる病気。だから病気の不安を普通に話し合い、予防やコントロールを生活に紐づけてほしい。血圧を測るように気軽に検査も受けてほしい。
「私は、脳の健康度チェック会を通じて市民のみなさんに“認知症”というワードを投げかけたい、種まきたいと思っています。脳の健康度という切り口からMCI(軽度認知障害)の概念を理解し、予防的な活動への関心・意欲を高めてほしいという期待もあります」
「のうKNOW」の判定結果が良くなかった人に対し、田染さんは「よかったら3カ月後にまたしませんか?」と声をかけている。
再測定の機会を作ることで、その人が前回の結果を受けて予防的な取り組みを始めたか確認できるし、生活の振り返りもできる。脳の健康度チェック会という場を設定したことは、自分の状態の把握や生活の振り返りの継続、習慣化につながる可能性もある。
「ゆくゆくは市民のみなさんが、自分で脳の健康状態を管理できようになるのが理想です。私たちがその都度、声をかけて経過をみていくやり方では先々行き詰まってしまうでしょう。
“脳の健康に気をつけないと”“最近ちょっと調子が悪いから相談してみよう”といった意識・判断を自分でできるようにならないと。そのためには、より多くの方が、自分の脳の状態や認知症にもっと関心を持つことが前提になります。
まずは“脳の健康度チェック会があるよね”といった形でみなさんの関心が上がってくれることを期待しています」 最終目的地に向けて打たれた次の一手が、脳の健康度チェック会だったということだ。
脳の健康度チェック会(令和4年2月~)
ここがポイント!
- 安心
- 市の主催なので“しっかりとしたチェック会”という信頼感と期待感がある。
- 気軽さ
- 血圧を測るような感覚で脳の健康度をチェック。
- 新しさ
- 自分の脳の健康度がわかるツール「のうKNOW」という目新しさが関心を呼ぶ。
- 生活アドバイス
- 保健師が一人一人に丁寧に対応。結果に応じて生活のアドバイスも行う。
- 予防意欲
- 脳の健康度を切り口にMCIの概念を説明し、予防の大切さを実感してもらう。
- フォロー体制
- 平成30年度の調査事業を通して医療機関との連携体制が確立。令和3年度からの認知症予防プログラムによりサロンでの予防活動が充実。測定後のフォローの受け皿が整っている。
- 医療との合意
- 医療機関と相談する取り決めができている。
- 継続性
- 継続してチェック会を実施しているので定期的にチェックが可能。生活習慣の改善の意欲につながるし、悪い変化にも早く気づいて対応できる。
行政内での協力体制・医師会との連携体制
脳の健康度チェック会の主管課は健康推進課だが、実は社会福祉課の岩田隆宏さんが「やりましょう」と田染さんらの背中を押している。
岩田さんは「チェック会に参加された市民の方に、“認知症予防のプログラムを行っているサロンがあります”と紹介することで、社会福祉課が主管するサロンに良い影響が生じるという期待もありました」と両課のメリットであることを強調する。令和3年度から導入した認知症予防プログラムの作成の際は、岩田さんが健康推進課の力を借りた。
「認知症予防は事務職だけでは到底できないので、専門職の方々のお知恵をいただきました。個々のプログラムの中身はお任せし、私たちは“各サロンで独自にやりたいこともあるはずだから、12回よりも10回シリーズのほうが年間スケジュールを立てやすいのではないか”といった全体の枠組みを検討しました」市医師会との連携も両課の協力の上に成り立っている。
※豊後高田市 高田庁舎
医師会の理事会に両課で参加し、認知症予防プログラムなどの内容説明や協力依頼を継続的に行うなかで、何か困ったことがあったときにすぐに医療職に相談できる環境が整った。
導入自治体様インタビュー2
これまでの事業での蓄積が今を支えている
豊後高田市 社会福祉課 生きがい福祉係 係長
岩田 隆宏さん
健康推進課とは認知症予防プログラムの作成のときから協力関係がとれているので、「のうKNOW」の話を聞いたときもすぐに「一緒にやりましょう」と提案しました。医師会との連携も、平成30年度の調査事業の際に当時の担当者が組み上げたものがあるので、私たちもしっかり対応すればつないでいけるだろうと思い、踏襲させてもらっています。医師会の先生方は認知症予防施策への認知度・理解度が非常に高く、市としてはこういう形で進めたいというところも十分に汲み取ってご協力いただいています。
令和4年度 サロン向け認知症予防プログラム(案) ~10回シリーズのテーマ~
※各サロンで全体の回数や組み合わせをアレンジ。
※サロンは社会福祉課の主管だが、認知症の講話などは健康推進課の保健師が担当。